青空の包み紙

 町屋駅前の和洋菓子店「トリゴエソラ」が1月末で閉店していたことを聞き、ひどくショックを受ける。店名の「トリゴエ」というのは「鳥越せんべい」のことで、のれん分けなのか都内ではあちこちで見る名前。そして「ソラ」というのはこちらのお店を経営していらっしゃる方のお名前で、漢字で「楚良」と書く。
 この店は何を食べてもおいしかったが、特に「ミロール」は名物だった。これは洋風のどら焼きのようなもので、チーズの風味がよくきいていた。もう食べられないのかと思うと、本当に残念。よく買いに行ったし、おつかいものにもしたけれど、毎日使わせてもらう店でもなく、なくなってから知ることになった。
 まったくあやふやな記憶なのだが、漫画家だったか、ある方がご自分の作品の中でこの店の洋菓子のことを書かれた(描かれた?)そうで、その店がどこにあるのか調べてもらいたいという読者からの投稿が伊集院光の日曜日のラジオの番組に寄せられた。そのときは、その放送をたまたま聴いていらっしゃたたご主人が翌週に間に合うように手紙を書かれたのではなかったかと思う。何が言いたいのかというと、ここのお菓子は子どもの頃に食べた思い出の味そのものだったということなのだ。
 先日読んだ『谷中・根津・千駄木』に、「家族で外食があるのに外浴がないのはどうしてでしょう」と、銭湯が次々になくなっていくことをさびしく思うという読者からの便りが掲載されていた。また、編集部からの「お知らせ」の欄にも以下のような呼びかけがあった。

 「本は本屋で」「酒は酒屋か居酒屋で」「週に一回は銭湯に」。町にあってほしい店は、利用して守りましょう。

 昔ながらの味を守るお菓子屋さんも、出前迅速のラーメン屋さんも、雰囲気のいい喫茶店も、マニアの心をくすぐる古本屋さんも、僕らが使わないから消えていく。もちらん、世の中のしくみがそれほど単純でないことはわかっているけれど。
 いつだったか畏友U氏も主張していたと思うが、なくなってからさびしいと言うのでなく、心を決めて僕ら自身が使うことだ。トリゴエソラの包み紙は青い空がデザインされていた。今はそれが無性に懐かしい。