おんなうた/おとこうた(1)
今や「梨園」の人となった三田寛子が「アイドル歌手」として歌を歌っていたことを知る人も少なくなった。ずいぶん前に「はなまるマーケット」の特別番組が夜の時間帯に放送されたとき、オープニングがなぜか出演者によるメドレーで、三田寛子と森尾由美が続けて持ち歌を歌ったのだが、そんなことを覚えている人となると、これは相当に希な存在である。長くなりそうな書き出しだが、どうぞお付き合いを。
三田寛子はTBSテレビのドラマ「2年B組仙八先生」の生徒役で芸能活動を開始。番組終了後の1982年3月にはCBSソニーより「駈けてきた処女(おとめ)」で歌手としてもデビューした。酒井政利がプロデュースし、デビューシングルと次の「夏の雫」は作詞が阿木耀子で作曲が井上陽水というのだから、どれほど気合いが入っていたかがわかる。三田寛子は、いわゆる「ポスト百恵」の急先鋒だった。ここはポイントなので、線を引いておきたいくらい。
3枚目のシングルは南沙織の「色づく街」をカバーしたが、カップリングはブレッド&バターの「ピンク・シャドウ」で、両面ともカバー曲という珍しい1枚となった。で、今日のテーマはその「ピンク・シャドウ」なのである。
世の中の人々は大きく2つに分けることができる。それは、アイドルを通り抜けた人とそうでない人。私は前者に分類されるが、その真ん中ではなく端の方を歩いていたものだから、三田寛子などは私にとっての真ん真ん中だったのである。
アルバムで聴いた「ピンク・シャドウ」はいい歌だった。アイドルが歌うにはもったいないほどだと思った。歌詞を見てみよう。文字を拾ったのは私なので、文字の使い方など、公表されているものとは異なるところがあるかも知れない。
満月があなたの姿を公園の
円卓の大理石にくっきり映し出し
私は月とあなたの素敵な関係の
なぞかけことばを考えて立っていた
愛してるわ あなただけ
愛してるわ あなただけ
あなた私の作った歌を口ずさんで
ピンクのチョークを上手に踊らせて
何十本もすりへらし汗もふかずに
私の影を塗りつぶした
愛してるわ あなただけ
愛してるわ あなただけ
あの夜ふたりとも妙に静かだった
私のピンクの影の上をふたり裸足で
ひと言もしゃべらず顔も見合わせずに
ふたりはワルツをとてもうまく踊った
愛してるわ あなただけ
愛してるわ あなただけ
(以下略)
世の中の人々は大きく2つに分けることができる。それは、ギターを弾く人と弾かない人。高校時代の友人には前者に分類されるのが何人かいて、そのひとりが「ピンク・シャドウ」が「ブレバタ」の曲であることを教えてくれた。そう言われると「元歌」を聴いてみたくなるものだ。さっそく、当時流行っていた貸レコード屋に行ってブレッド&バターを借りてきた。
聴いてみると、まるで違う。声が違うとかアレンジが違うといった次元の話ではないのだ。オリジナルの歌詞を見てみよう。これも、文字は私が拾った。
満月が僕の姿を公園の
円卓の大理石にくっきり映し出し
僕は月と僕等の三つの関係の
なぞかけことばを考えて立っていた
愛してるよ 君だけを
愛してるよ 君だけを
君は僕の作った歌を口ずさんで
ピンクのチョークを上手に踊らせて
何十本もすりへらし汗もふかずに
僕の僕の影を塗りつぶした
愛してるよ 君だけを
愛してるよ 君だけを
あの夜ふたりとも妙に静かだった
僕のピンクの影の上をふたり裸足で
ひと言もしゃべらず顔も見合わせずに
僕等はワルツをとてもうまく踊った
愛してるよ 君だけを
愛してるよ 君だけを
(以下略)
1974年にリリースされたこの曲は、ブレッド&バターの二人、つまり岩沢幸矢と岩沢二弓の兄弟が作詞・作曲したものだが、三田寛子が歌った方には「補作詞:三田寛子」のクレジットがある。補作詞とはまた大きく出たものだと思うが、要するに、三田寛子が歌うにあたって歌詞を書きかえていたのだ。
書きかえることによって、男目線の歌を女目線の歌へと変えたのである。女性が男性の立場で書かれた歌を歌うことも多いし、もちろんその逆もあるのだが、三田寛子は男目線の歌を歌わなかった。ここで目線を転換してみせたことの意味というものは、アイドル史とか歌謡史の専門家によって検討が加えられたならば、相当に大きなものと評価されるのではないだろうか。
聴き比べ読み比べて思うことは、汗をかきながら相手の影をチョークで塗りつぶすのは、女の子よりも男の子の方が似合うのではないかということ。その意味では「補作」を加えた歌の方が映像化しやすくないだろうか。もっとも、それはこの歌が同性愛を象徴したものでないという前提に立っての話なのだが。
ただ、塗りつぶされた「私の影」が冒頭に歌われた「あなたの姿」ではないという点だけをとらえるならば「補作」された方は軽く破綻しているようにも思われる。けれど、満月の晩にどちらか一方の影しか見えないなどということはあり得ないわけだし、元歌で塗りつぶされる「僕の影」を冒頭の「僕の姿」と同一視しなくてもよいのではとも考えられるわけで、まあよいことにしようかとも思うのである。
三田寛子の「ピンク・シャドウ」は YouTube で探し出すことが可能。また、この曲が収録されたアルバム「メランコリーカラー」は、現在、Sony Music Shop のオーダーメイドファクトリーで「廃盤再プレス」の申し込みを受付中とのこと。ものすごい時代になったものだと思う。
なお、「おんなうた/おとこうた」は、この先シリーズ化の予定(笑)。