古書MAP

 出講先の昼食時のこと。ひどく待たされたのは辛かったが、おかげで哲学とドイツ語を講じていらっしゃる先生と本のことなどずいぶん話すことができて、懐かしいことを思い出した。
 古本屋に通い始めたのは中学の頃だった。最初に探し歩いたのは阪田寛夫の『サッちゃん』という詩集。集英社文庫の1冊だった。1977年の出版で、すでに絶版となっていたものだから、いきおい古本屋に足が向いたのだった。今のようなネットワークもなかったし、自分の検索能力にも限りがあったものだから、なかなかみつからなかったが、高校に上がったばかりの頃、根津駅と千駄木駅の中間あたりの不忍通り沿いにみつけた古本屋でそれを見つけた。あまりのうれしさに思わず声が出た。富士銀行の並びにあった小さな店だったが、今はもうない。
 次に探したのは岩波新書で、家永三郎の『日本文化史』だった。僕らが高校に在学している頃、その第2版が岩波新書の《黄版》で出版されたので、とりあえずの用は足りたのだが、どうしても初版を読んでみたくなったのだった。初版は《青版》で1959年の出版。今や、アマゾンのマーケットプレイスで1円出せば手に入れることができるけれど、当時の高校生はずいぶん歩いてようやく手に入れた。高田馬場の古本屋だった。そのとき、別の本屋で山口勇子の『おこりじぞう』を新刊で買い求めたことを不思議と覚えている。
 その頃だったろうか。いや大学に入ってからのことか。東洋英和の校史を本郷の古本屋で見つけた。英和の「英」の字が「永」になっていた頃の出版物で、かなり貴重なものだと一目でわかった。結構な値がついていたもので、ずいぶん迷った末にあきらめたのだった。しばらくして次にその店を訪ねたとき、少し余裕があったので買い求めようとしたのだが、すでに誰かの手に渡っていた。それ以来、古本を買うときにはできるだけ迷わないようにしている。おかげで、床が抜けそうになるほどの本は集まったけれど、領収証以外のもので財布のふくらんだ試しがないのである。