辞書は2刷を待って

 正月はずいぶんゆっくりさせてもらい、今日が本格的な仕事始め。金曜日は今年度の最も忙しい日だが、新年の仕事始めにその日が当ったのも象徴的な出来事ではある。
 午前中は8時半から高校で3年生のライティングを2コマと1年生のリーディングを1コマ、クルマで移動して、13時から大学で留学生別科の授業を2コマと経営学部2年の授業を1コマ。授業時間は高校が50分で大学は90分だから、合計すると420分になる。大学の最後のコマが終わるのが17時40分。その時刻、秋口まではまだ明るかったが、今はもう真っ暗である。3学期の高3は自宅学習ということで1・2限の授業はなくなったし、大学の授業は来週までだから、劇的に楽になってしまうが、これまで、移動を挟んで正味7時間の授業というのは正直のところなかなかきつかった。それでも、愚痴を言ったり弱音を吐いたりすることはまったくなかったのが不思議である。中高一貫の学校に専任教員として勤めていた頃は、週に16コマ程度の授業でブウブウ言っていたのに。今は学級経営や生徒指導、それに会議や事務仕事といったものに時間を割かれることがなくなったのが大きいようにも思うが。
 留学生別科のクラスには中国・台湾・韓国・タイ・モンゴルからの学生が合計で11人。昨年の4月、日本語も英語も完全には通じない状況で授業を始めたときは、ずいぶんと先が思いやられたものだったが、今ではクラスのまとまりもでき上がり楽しい時間になっている。「銀色の虹」という名前を持つモンゴル人学生が、忘れてかけていたモンゴル語を思い出させてくれたのもありがたい収穫だった。
 中国・台湾と書いて、昨日・今日と新聞やテレビを賑わしている地球儀のことを思い出した。昨夜だったか今朝だったか、どこのチャンネルだったかも忘れてしまったのだが、テレビでこの話題を取り上げた際に、台湾(中華民国)で売られている地球儀や地図を映し出していた。そのうちの1つには中華人民共和国が存在せず、そこには巨大な中華民国があり、モンゴルもその国に包括されていた。
 ここでは政治的なことをうんぬんするつもりはなく、そのニュースを見て思い出した「あの辞書」のことを書き留めておきたい。『ジーニアス英和辞典』が1987年11月に発刊されたとき、初刷を手にした僕は巻末付録の1つを見て驚いた。英語が話されている地域を示すというその世界地図には、モンゴルという国が存在しないのである。台湾製の地球儀のように、モンゴルは中国に含まれてしまっていたのだ。何刷目までその状態が続いたのかは確認していないが、刷りを重ねるうちにその部分は改められた。何かメッセージが込められているのかと考えたりもしたのだが、改められたのだから間違いだったということだろう。どうしたらこんな間違いができるのか、モンゴル語学科の学生としては大いに疑問でもあり不満でもあった。
 「コレクターでない限り、辞書は2刷を待って買いなさい」というのは、本務の傍ら母校に非常勤で出講されていた原孝一郎先生のことばだったと記憶している。先生の話によれば、辞書の初版を買って競うように誤記や誤植を点検するという人たちは相当数いるのだそうで、そういう人たちのおかげで2刷以降は辞書の精度が高まっているのだということだった。今日発売の『広辞苑』第六版も、今頃そういう人たちによる点検が進められているに違いない。