踏切は開く

 時事通信が伝えるところによると、今年(2008年)の箱根駅伝で3校が途中棄権したことについて、同大会の会長を務めている関東学生陸上競技連盟(関東陸連)の会長は「情けない。すべての駅伝の教科書のようになっている大会。大学で指導、勉強してほしい。(指導者は)選手を見詰め鍛えてほしい。速い選手はいるが強い選手はいなくなった」と語ったという。*1
 僕は、ある学校で陸上競技部の顧問を3年間だけ割り当てられた経験がある以外は陸上競技とはまったく無縁に過ごしてきたが、箱根駅伝が大正時代に東京高師のOBなどが呼びかけて始められたものであり、現在も関東陸連が主催し主管する大会だということくらいは知っている。以前はNHKのラジオだけが中継するような実にローカルな存在だったが、日本テレビが全国にネットを始めて今日のような一大イベントになったこともよく承知している。
 さて、この大会は本当に「すべての駅伝の教科書のようになっている大会」なのだろうか。多くの箱根駅伝ファンから厳しく叱られることを覚悟で言うならば、僕には、学生やOBたちがいい意味での「若気の至り」で始めてしまった大会のようにしか思えないのである。全体の距離と言い、区間の分け方と言い、山を駆け登り駆け降り、途中で2か所(往復で4か所)の鉄道の踏切を渡らなければならないというコース設計と言い、学生たちが「内輪の乗り」で走るなら確かにおもしろいだろうが、スポーツの競技会としては疑問を投げかけずにはいられないことばかりなのだ。
 箱根駅伝を語る上であまり問題にされないようだが、踏切内を走ることは実は相当に危険なことである。雨が降っているときはもちろん、早朝などには露や霜にも注意しなければならない。今年の大会で棄権した選手の一人は、踏切で足をくじき、そのまま無理を押して走り続けた結果、捻挫を悪化させたのが原因なのだそうだ。なんとも気の毒なことである。
 踏切と言えば、数年前から5区と6区にある箱根登山鉄道の踏切では選手の通過に合わせて電車が停められることになった。バーミリオンオレンジとグレーの車両が停まっている前を選手が駆け抜けて行く姿を初めてテレビで見たときは、それは驚いたものである。鉄道に詳しい人に聞いたところでは、1区と10区にある京浜急行の踏切でも電車の行き先を変えたり発車時刻を動かすなどの措置が取られていると言う。
 踏切は救急車や消防車のような緊急車両が近付いたとしても開くことはない。もちろん列車は急に停まれないのであって、緊急車両が近付いたからと言って、その場で踏切を開けることは不可能である。緊急車両の方も、できる限り踏切を渡らないですむ経路を選んで走っている。ただ、そういう事実の一方に、社会全体が踏切に関するルールを守ることで鉄道の安全運行と定時運行を保ってきたという側面があることも否定できない。どんなに急いでいる人も車両も、踏切の前では停まって待たなければならないのだ。
 しかし、その踏切は駅伝の走者のためには自分から進んで開く。「駅伝の教科書」に踏切に関するページがあるなら読んでみたいものである。

*1:http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008010300338