つま先で立ったまま

 高校時代の私は村下さんに少し似ているなどと言われていて、それは単に小太りでおっさんくさいだけのことだろうと思ってはいたが、嫌な気はまるでしなかった。ギターの弾けない私に腕に覚えのある二人の級友が付いてくれて、図々しくも村下さんの歌を文化祭で披露したりもしていたのだった。ああ、顔から火の出る思いだ。
 村下さんの『踊り子』という曲が発売されたのは高3の夏のことだった。9月の末に文化祭が終わり後期の始まった頃だったろうか、同級生のSさんがこの歌を教えてくれと言う。唐突なことだったし、さすがに歌唱指導なんてガラではないと思ったが、ちょっと頼られている感じもうれしくて、この歌の自分なりの解釈を述べ、それこそ口移しでこの歌を歌うコツ(と思っていること)を伝えたのだった。
 Sさんとはもう会わないし、きっと忘れてしまっているだろう。二人とも同じように歳をとって、そろそろ30年になろうとしているけれど、私は今でもこの歌を聴くとそのときのことを思い出す。五月雨忌。特別な関係ではない「クラスメート」のいた日々がむやみに懐かしかったりする。