けやき並木

 このたびの東北地方太平洋沖地震の被害に遭われたみなさまにお見舞い申し上げます。一夜明け、3月11日付けの日記をエントリーします。


 そのとき、私は吉祥寺の高等学校での仕事を終え、正門前のけやき並木を近所のコインパークに向かって歩いていた。ふだんは学園の駐車場を使わせてもらうのだが、今日は通常の出講日とは曜日が異なるため、外にクルマを停めてあったのだ。
 この学校の教壇に立つのも、いや、高等学校の教壇に立つのも今日が限りとなるかも知れない。そんな小さな感傷と、朝からお茶しか口に入れていないしラーメンでも食べて帰るかなという呑気な思いとを抱えて歩いていた。
 武道場の脇を通り過ぎたとき、2階の窓がガタガタとひどく揺れていて、風にしてはおかしなことだと思ってはいたのだが、ふと気付くと左手の大学の校舎がガーンガーンと規則的に大きな音を立てている。何ごとだろうと思って立ち止まったとき、はじめて地面が揺れているのに気付いた。
 その校舎をよく見ると、本体と外の階段室とが別々の構造体になっていて、それぞれが揺れてはぶつかっているのだ。足元をすくわれるような大きな揺れがおきたののは、奇妙な大きな音の原因が解明されたときだった。
 向こうから歩いてきたカップルも立ち止まって、女の子は男の子にしがみついている。私もしゃがみ込んでしまおうか。木々に囲まれているという不思議な安心感とは裏腹に、校舎や民家が崩れてくるのではないかという不安はぬぐえない。
 先ほどあいさつをして別れた先生たちの顔が次々によみがえってくる。そして、教室での生徒たちの様子。こんな風にさまざまのことが思い出されてきて、何もかも記憶になってしまうのだろうか。長く長く続く揺れの中、そんなことを考えていた。
 揺れがおさまると、今度は自分以外のことが気になる。まずは鞄からラジオを取り出してスイッチを入れ耳に当てる。母は大丈夫だろうか。電話をかけたところでつながるまい。とにかく帰らなければとクルマに向かった。