朝の電話

 早朝、母からの電話で目覚める。一つ屋根の下にいるのにどうして電話をなどと思いながら出てみると、何も話さない。人の気配すら感じられないほど音が聞こえないので、ひどく心配になり階下の母の部屋を訪ねた。
 部屋に母の姿がない。私はもうほぼパニック状態である。手に持った携帯電話は通話中の状態が続いている。いったい何が。
 そう思ったとき、トイレの水の流れる音が聞こえた。母だった。トイレに入る前、時刻を確かめるために折りたたみ式の携帯電話を一度開けただけで、何もしていないと言う。
 おそらくは一発通話とかいうボタンを押してしまったのだろうけれど、とりあえずはかけた相手が私でよかった。よその人だったら迷惑だし、もっと心配されたことだろう。いや、そんなことよりも、訪ねた部屋にことばを発することもできなくなった母の姿を見つけないでよかった。