呼吸を整える一瞬

 広島発9時29分の「こだま」で福山へ。駅前の「白ばら」で「ローズサブレ」を買い求める。通販にも対応してもらえるようだから、それを利用してもよいのだけれど、やはり一度は実際に行ってみなければと足を運んでみた。「白ばら」は地元の人に愛されている店のようで、店先で買い物をしている間にも、奥の喫茶室へと次々に人が入っていった。ショーウィンドウにあった「ビーフライス」のサンプルに強く心を引かれたが、残念ながら時間と胃袋に余裕がなく、そのまま「のぞみ」に乗り込むことに。
 東京着は15時13分。浅草寺の燈籠会(とうろうえ)の催しのひとつに小さなライブがあるので寄りたいのだが、どうやって行こう。日本橋口を出て地下鉄の日本橋駅まで歩き、銀座線で浅草を目指すことにしたが、まあ正解だったろうか。
 東武電車の沿線に住む者にとって浅草は馴染みの深い街。幼い頃から幾度となく連れられて行ったし、大人になってからは飲んだくれてウロウロしたことも数知れず。その浅草の観音さまの空に懐かしくみずみずしい歌声が響き渡るのを、不思議な気持ちで聴いていた。若いシンガー・ソングライターは、演奏を始める前の一瞬、すべての動きを止めて静かに呼吸を整える。その姿が試技に臨むアスリートのように見えた。