自動詞/他動詞感覚

 昨日の夕方のことだ。テレビのニュースを見ていたら、高級ブランド品の価格が次々に下げられていることを伝える若い女性レポーターがこんなことを言っていた。
 「ここ○○のお店でも、値下がりに踏み切りました。」
 こういうことばを口にして気持ち悪くないのかしらと思う。そして、こんなことをしゃべってお金をいただけるなんてスゴイことだとも思う。ここはどう考えたって「値下げに踏み切りました」とすべきところだろう。
 これに似たことで以前から気になっていることがある。もう何人もの方に話したことではあるのだが*1、英語の試験問題で「〔  〕内の語句を並び替えなさい」という指示文を平気で書く先生がかなりいるのだ。「はい、そこ!並び替わりなさい」ならばかまわない。どうして「並べ替えなさい」と言えないのか。そういう人たちは、家を「建ち替える」とか、体勢を「立ち直す」とか言うのかしら。家は「建て替える」し、体勢は「立て直す」だろう。
 文法を云々する以前に「自動詞/他動詞感覚」とでも呼ぶべきものが欠けているのではないだろうか。身に付けないまま大きくなってしまったのかも知れないが、そもそも世の中からそういうものがなくなりかけているのかも知れない。
 こういう先生たちがこういう生徒/学生たちに対して、目的語のへったくれのという授業をしたところで何になるだろう。もはや母語の干渉に関する議論は新しい段階に立ち至ったということか。「英語は英語で教える」のだから、そういう心配はいらないということか。

*1:元同僚のM氏、法友のT氏からは示唆に富むコメントをいただきました。この場を借りてあらためてお礼申し上げます。