「音」の探し物

 大修館書店『英語教育』の 1961 年 7 月号(Vol.X No.4)の「Question Box」欄 pp.27-28 に興味深いことが書かれている。
 Hornby の The Teaching of Structural Words and Sentence Patttern に、文頭の This や That にも下降調の発音が認められるとの説明があり、具体例として This is a ↓stone. ↓This is a stone,|↓too. などが挙げられていることを引き、実際にどのような発音になるのか説明してはもらえないだろうかという読者の願いに対し、宮田先生が答えているのだが、その最後にこうある。

 紙の上ではこれくらいの説明しかできません。もしご希望でしたら,実際に発音してお聞かせしましょう。つぎの規定によってお申し込みくだされば,私の発音をテープに録音してお送りします。
《録音申し込みの規定》
(1) 3型のテープをお送りください。(3型というのは,リールの直径3インチのもの,最も小さいものです。)
(2) 1度でも使用したテープでしたら,録音したものを消してからお送りください。
(3) 3型のテープが求められない場合には,その代金として 180 円かわせまたは現金でお送りくださっても結構です。
(4) こちらからテープを返送する費用として,そちらからお送りになった場合に要した費用と同額をお送りください。これは切手代用でも結構です。
(5) このサービスの提供はきたる7月31日限りとします。
(6) この問題以外の録音はお引受けいたしません。(ただし,今後 Question Box で扱った発音の問題については,そのつど,お引受けするかどうかをお知らせします。
(7) 申し込み先は大修館書店「英語教育」編集部 Question Box 係。

 インフォーマントとしての英語母語話者など身近に望むべくもなかった時代*1、正しい「音」を求めて藁にもすがる思いだった英語教師たち。その願いに応えようと、自分の「音」を提供しようとする先達。全国で何人もの教師たちが、オープンリールのデッキをカチャカチャ言わせながら、先達の「音」に耳を傾けたのだろう。今ではとても考えられないことだが、こんなことが実際にあったのだ。
 どなたか、この録音を申し込み、今もテープをお持ちだという方はいらっしゃらないだろうか。宮田先生の求めた「音」の正確さをこの耳で確かめることができたらと思うのである。

*1:では、今の時代、This is a ↓stone. ↓This is a stone,|↓too. の発音に対し Hornby が求めたものを読み取って再現できる英語母語話者が私たちの身近にどれほどいるのかと言えば、それには相当の議論の余地があると思う。