口授の伝統、伝統の口授

 NHK教育テレビ「歴史は眠らない:英語・愛憎の二百年」の第1回「英語教育事始」を見る。今回のポイントは、江戸時代の通詞たちが主体的な外国語学習の過程で、言語に内在する数々の規則を発見していったということにあろう。
 規則への気付きは学習を加速する。英語の授業で用いられる目標言語による口頭でのやりとりも、ある時期まではある規則を学習者に気付かせることを目的としている部分があった。文法項目別に口頭導入の方法をマニュアル化したガイドブックが存在することを考えれば明白のことである。このようなことは知っていれば当たり前のことだが、実は世間にはあまり知られていないのではないかという気もしてきた。英語の授業は英語でとよく言われるけれど、英語を用いることの目的がはっきりしないのではあまり意味がないように思われる。
 今回の放送には、洋​語​教​授​法​史​の研​究者である茂住實男先生が出演された。年を取ってから大学院に通い、茂住先生に口授よろしくご指導いただいたことは本当にうれしくありがたいことだった。通詞の学習法、文法=訳読法の成立、幕末の漂流民。特に、古文書の読み下しの初歩をまさにマンツーマンで手取り足取り教えていただいたことは私の宝物とも言える。
 ところが、この古文書、今読もうとしたら並の苦労ではないのである。たとえ母語であったとしても、少し遠ざかっていたならばこの始末。ことばを身につけ使いこなすようになるというのは、実にたいへんなことなのだと改めて思う。
 外国語のことを考えれば、週に何時間か学校で勉強したくらいでペラペラ話せてスラスラ書けるようになるなどと思ったら大間違いである。指導者には、もっと自身の経験をことばにし、外国語を学習する過程にある楽しさや辛さを伝えてもらいたい。極論を承知で言えば、きちんと学習した経験のない者は指導者になるべきではないとさえ思う。