歌う人

 浜田真理子「mariko live 恋暦〜love song特集〜」へ。渋谷のCLUB QUATTROには椅子が並べられ、この場所のいつもの使われ方とは大いに異なることが容易に想像できる。けれど同時に、私のようなおっさんが行っても気後れすることのない聴衆の層にホッとしてみたりもする。
 浜田真理子は、赤いワンピース姿で現れた。ちょこんと一礼をすると、黙ってピアノを弾き始める。友人は、彼女の声には「1/fゆらぎ」があると言った。歌い始めた瞬間、彼女の世界が広がり、聴く者はあっという間に包み込まれてしまう。その「包まれ感」が心地よくてならない。
 カバーやらトリビュートやら、とにかく他人の歌を歌うのが大流行の昨今だが、どんな歌でも、元の歌と比べて良いとか悪いとか言いたくなるものだ。けれど、浜田真理子の場合は様子が違う。この人の声で、この人の歌いぶりで、最後まで、もう一度、いや何度でも聞きたくなるのである。オリジナルの曲ももちろん優れているが、昭和の歌謡曲を含むレパートリーの偏り方が素敵だ。
 浜田真理子は、声ばかりでなく言語音が美しいのである。英語の発音は、ネイティブライクではないが、よく聴き、よく練習した人と思わせる美しい音である。彼女は鼻濁音を使って暮らす環境に育った人ではないと思うが、その鼻濁音もきれいに出ている。おそらくは「言語学的に」耳がよいのだ。そして聴き取った音を再現する力を持ち合わせている。これは優れた才能である。
 浜田真理子という人には押しつけがましさがない。最小限の(けれどありのままの彼女が表現されていて十分におもしろい)MCがあるだけで、ライブは粛々と進められる。聴く者はとにかく黙って聴く。立たないし、乗らないし、踊らない。彼女は少しはにかんだような笑みを浮かべて、淡々と、けれど一曲一曲を大切に歌い続けるのである。これまでに、こんなに幸せそうに歌う人を見たことがない。
 休憩を挟んで約2時間のライブは、文字通りあっという間だった。第1部の後半、「Song Never Sung」「この恋をすてたら」「Love song」と続くところは圧巻だった。最初から3曲用意していたというアンコールも絶妙の選曲。最後の「わたしたちのうた」は、ライブで歌われることで新しいいのちを得たように感じた。
 今回のツアーの曲目は彼女の公式ブログにアップされている*1が、大阪、名古屋、東京と、少しずつ曲を入れ替えているのがわかる。大阪の曲目リストには「大阪の女」が含まれている。ザ・ピーナッツの名曲をどのように歌ったのか、ぜひとも聴いてみたかった。7月には広島QUATTROでのライブも予定されているのだが「広島天国」を歌ってはくれないだろうか。

*1:http://hamadamariko.eplus2.jp/article/151070565.html