青空トップ・ダウン

 高尾へ。台風による渋滞や通行止めがあっては困るので少し早めに家を出る。交通量は少なく、風雨も心配するほどではなかったので、相当の余裕を持って到着することができた。
 教員控室は8時半を過ぎる頃にはにぎやかになってくるのが常なのだが、今日はいつもの顔が見えない。9時までに第二教員控室に顔を見せたのはわずかに5名だった。第一教員控室のメールボックスを見に行った人によれば、あちらにもほとんど教員がいなかったと言う。
 めったに電源の入ることのない控室のテレビが台風情報を映している。山手線が運転見合わせとのニュースに、中央線快速が止まるのも時間の問題かと思う。
 携帯電話がブルブルと震え、メールが届いたことを知らせる。1限の授業を履修している学生からだ。武蔵野線が止まっているという。次に届いたメールは、中央線快速に乗っている学生が電車が動かないことを知らせるものだった。その次に届いたのは、混雑のため改札の中に入れないというメール。どうしたらよいでしょうと聞いてくるので、無理をせず身の安全を第一にしてくれと返信する。
 学生たちからのリアルタイムの情報を統合し、今日の授業は無理かも知れないなどと話している間も、学務部にはひっきりなしに電話がかかって来ている。大学に向かいつつある教員や学生からのようだったが、学務の担当者も今日の授業の扱いについて判断しかねており、煮え切らない返答が続いているようだった。
 ほどなく始業の時刻である9時20分を迎えた。私たちもとりあえず教室に向かう。
 教室には自転車で来たという学生が1人。これは授業にならないねなどと話していると、もう1人、自転車で来たという学生が入って来た。たまたま2人とも前回の授業を休んでいたので、授業で使ったプリントを手渡して自習を指示する。1人は質問があるというので、それに応じた。
 授業の終わる20分前、埼玉県は戸田の自宅から4時間かけて来たという学生を迎える。立川までは来られたのだが、その先が止まってしまい、しかたなく多摩都市モノレールで高幡不動へ出て、そこからは京王電鉄で来たとのこと。学務に電話をしたら、来られるようなら来るようにと言われたのだという。
 お疲れさま。でも、このあとは休講になると思うよと言って教室をあとにする。そう思ったのは、今日の事態が、

  1. 始発から午前6時までに運行停止となり、午前6時を過ぎても運行を再開しない場合は午前中休講とする。
  2. 始発から午前10時までに運行停止となり、午前10時を過ぎても運行を再開しない場合は終日休講とする。

という定めの(2)に該当すると考えていたからだ。
 案の定、控室に戻ると「2限以降、終日休講」の貼り紙があった。テレビの画面に目をやりながら教室の様子などを報告しあっていると、顔を真っ赤にして教室に入ってきた同僚が一人。今、到着とのこと。ふだんは8時半に着いているその人がたどり着いたのは11時。出講している別の大学は昨日のうちに休講を決めていたとのこと、メールで連絡を取り合っていた別の同僚はまだ中央線の車内にいるとのこと、途中で学務にも問い合わせたが通常通りの出勤を求められたとのこと。なんともやりきれない思いが表情ににじみ出ていた。
 学ぶ者や働く者の安全を第一に考え、学務をはじめとする事務職の仕事を減らすとともに過度の責任を負わせぬことに配慮し、あわせて弁当や食堂等、関連業者の損害を小さくすることも考慮に入れるならば、昨日のうちに休講を決めておくべきだったと思う。いわゆる「トップダウン」というものは、こういうときにこそなされなければならない。
 まだ連絡はないが、私たちは今後おそらく、今日の分の補講を求められる。そういうことの連絡がない一方で、出勤しているようだが見当たらないと言って、今日の休講を伝える旨の電話が自宅にあったという。そのとき私は教室にいた。なぜなら1限は休講ではなかったから。1限は「通常授業」だったから。
 帰途、空はすっかり晴れて、何もかもが洗い流されたようにまぶしかった。20号線のいちょう並木は強風で振り落とされた銀杏で黄色のじゅうたんを敷いたようだった。そして、独特のにおいが漂っていた。