高額品と高級品の違い

 20年ほど前のことだが、近所に人を集めてはただで家庭用品をくれる店ができた。噂を聞きつけた姉がおもしろがって出かけて行き、毎日のようにラップやら洗剤やらをもらって来た。家中の者が口々に「そんなバカな話はない」「いつか高いものを売りつけられるぞ」「無理矢理ハンコを押させられちゃうに決まってるんだ」と言って姉を止めたが、それはまったく正しい判断だった。一か月ほど経って聞いた話では、相当に高額な羽毛布団を売りつけられた人が大勢いたそうだ。
 これももう10年も前のことになるが、ある人と一緒に暮らしたことがある。その人は、持参した「高級な」羽毛布団が自慢だった。持たせてもらうと羽毛布団とは思えないほど重いし、中に入っている羽だか綿だかが片方に寄ってしまって使いづらいことこの上ないのだが、相当に高額だったので高級品に間違いないと言ってきかない。よく聞くと、ある日近所に人を集めてはラップや洗剤といった家庭用品をただでくれる店ができ、そこへ通ううちに高額な羽毛布団を勧められたのだと言う。家庭用品を無料でくれるような親切な人が勧めてくれるのだから間違いないと家族も言うので買った品物なのだそうだ。
 私は寝具には詳しい。30年ほど前まで、父は小さな寝具店を営んでいたからだ。父は中堅の商社に勤めていたのだが、その会社が大手に吸収合併される際、残務整理会社にどうしても残ってもらいたいと支店長に懇願され、残ったところ偽装倒産を企てた支店長は有り金の一切を持ってトンズラ。路頭に迷った父は、その商社で綿花を商っていたという縁で寝具店を構えたという嘘のような本当の話がある。
 で、私は寝具に詳しいのだ。羽毛布団が高級品かどうかなど、持ってみればすぐにわかる。持たなくても、縫製の加減でわかることだってある。その人の羽毛布団は、高額だったかも知れないが、間違いなく粗悪品だった。使っている本人も、中身が寄ってしまって困るとか、重くて肩がこるなどと言ってはいるのだが、高額だったから高級品だという一点だけは絶対に譲ろうとしなかった。その姿は悲しいほどに滑稽だった。
 世の中には気の毒な人たちがいるものだ。金に目がくらみ、高額品と高級品の区別がつかないのである。いや、明らかにだまされているのに、だまされていることに気がつかないのだから幸福な人と言うべきだろうか。
 この季節、朝晩の涼しさに布団が恋しくなると、決まってこのことを思い出す。悲しいといえばあまりに悲しい思い出ではあるのだが。