ルバイヤート

 国立で3コマ。前期の最終授業である。短めのリスニングテストを実施して、今月末に予定されている筆記試験への対策法を話した。「英語は嫌いだけど、がんばろうって気になりました」などと言ってくれる学生がいると本当にうれしいものだ。
 今日は午後から夕方にかけての予定が入っていないので、中央道を飛ばして勝沼まで葡萄酒を仕入れに行った。かなり壮大な寄り道ではある。勝沼ではここと決めているのが「ルバイヤート」のブランドで知られる丸藤葡萄酒工業だ。僕がこのワイナリーを知ったのは、永井美奈子さんがまだテレビに出ていた頃だからずいぶん前のことになる。深夜番組だったと思う。ここを訪ねた彼女が、壁一面に酒石がキラキラと光る酒蔵の中を歩いて行き、突き当たりのドアを開けると葡萄畑が広がっているという映像を見て、僕は絶対にここへ行かねばならないと思ったのだった。
 「ルバイヤート」の名前は日夏耿之介氏がつけてくれたのだという。このブランド名を当時の同僚に話したとき、間髪を入れずに「ハイヤームですね」と返してくれたことを思い出す。地理の先生だった。博学の人というのは隣の席にいたりするものだ。
 このワイナリーの葡萄酒はどれもおいしい(と思う)が、「ルバイヤート」を名乗る最も安いものを侮ることはできない。どれくらい安いかというと、一升で2,000円という価格設定である。葡萄の出来/不出来によって葡萄酒の味は左右されるものだが、この最廉ブランドだけは、さまざまな品種から作られた原酒をブレンドし、ときには輸入したものをも混ぜて、いつ飲んでも同じ味になるように仕上げるのだそうだ。この話をうかがったとき、日常の食卓で用いられる普通の酒の味を暖簾にかけて守ろうとする人々の思いに触れ、静かな感動を覚えた。そこにあるのは、芸術家のまなざしではなく、職人の誇りそのものである。僕はその感動のうちに、このワイナリーを心の底から信用するようになったのである。
 今日仕入れた葡萄酒は、所属寺で「真夏の法話会」のあとに催されるビアガーデンのときに振る舞うつもりだ。法を真ん中に車座になり、飲み、食べ、語らう場にこそ、このような酒はふさわしいと思う。うんちくは要らない。落ち着いた味わいと軽やかな酔いがあればよい。そこに職人の魂が息づいていることを知れば、他にはもう何もいらないと思う。