お茶の飲める本屋さん

 以前にここに書いたこともあるが、すずらん通りの東京堂書店と言えば、幼い私にとって「ファンタの飲める本屋さん」であった*1。木造の建物だった頃、階段は入口の右手に1つだけあり、それをギシギシ言わせながら上がると、上がり切ったところにソファが置かれていた。ソファの脇にはコカ・コーラの自動販売機があり、父に連れられた私は、瓶に入ったファンタグレープを買ってもらうのが常だった。
 ひとりで書店街を訪れるようになった頃、東京堂は今のビルに建て替えられた。そのときも上階のホールの入口に置かれていた飲み物の自動販売機が使えたのだが、ほどなくして通常はその階には上がれないことになってしまったのだった。書店で飲み物を買う必然性はないのだが、私の中の東京堂が姿を変えてしまったような気がして、ほんの少し寂しかった。
 ここしばらく、東京堂は内装工事のために閉じていたのだが、その改装がなったとの噂を聞き、生田での仕事の帰りに立ち寄ってみることにした。入口のあたりはロンドンの古書店を思わせるような色遣いで、看板は濃い緑色である。入ったところは Paper Back Cafe という名のカフェになっている。東京堂は、ファンタならぬ「お茶の飲める本屋さん」になったのだ。
 各階とも、すずらん通りに面した一角はカフェにあてられている。のぞいてみるとテーブルには電源も用意されており、パソコンなどを持ち込んでちょっとしたものを書くのにも便利そうだ。カフェは飲み物以外に腹の足しになりそうなメニューも豊富で、今度はゆっくり訪れてみたい。
 カフェの奥にある店舗にはこげ茶を基調とした木製の書棚が並び、ずいぶん落ち着いた感じだ。とりあえずすべての階を歩いてみたが、レジは1階にしか置かれておらず、書棚の色と相まってジュンク堂に似た印象を受ける。
 それでも、やはり東京堂は東京堂だ。在庫の絶対量の少ない中、例えば仏教書のコーナーには『鈴木大拙全集』や『清沢満之全集』といった岩波の本ばかりか『小川一乗講話選集』といった法蔵館の本まで、すべて全巻揃いで置いてある。この品揃えに何度助けられ、何度新たな発見をしたことだろう。
 建物を改装しても「読書人の東京堂書店」というキャッチフレーズは変わらないようだ。必ずしも「読書人」を自認するものではないのだけれど、「お茶の飲める本屋さん」として生まれかわったこの書店のあることを楽しみに、この先もたびたびすずらん通りを訪れてみたい。

*1:http://d.hatena.ne.jp/riverson/20090107