娘役10年

 いきなり結論めいたことを言うようだけれど、美しい身のこなしや身のさばきができるようになるには、娘役にも10年くらいが必要なのではないか。これは当然、よく「男役10年」などと言われるのを意識しての発言なのだが、今日、晴華みどりさんを見ていてそう思ったのだ。そう、今日も東宝に寄ってしまったわけだね。
 歌のうまい人が好きだ。それで晴華みどりさんのファンになった。先日も書いたように、この人でなければ『仮面の男』の大女優の役はこなせなかったと思う。その歌は、まさに圧巻である。新人公演では透水さらささんがこの役にあたっているが、この人も歌のうまさには定評があり、その意味では適任と言えよう。歌がうまいというレッテルが負の方向に作用しないよう願っている。
 さて、今日、この大女優をあらためてよく見てみると、腰までミラーボールに入った状態で精一杯に演じていることに気付いた。歌っていないときにも、顔や手、いや上半身のすべてを使ってさまざまの表情を見せている。そのことに気付いたとき、身のこなしと身のさばきのことを思ったのだ。これは、研11にしてはじめて実現しうる演技というものではないのか。
 ショーになると、その思いはいよいよ強くなった。歌の人というイメージで語られることの多いかおりさんだが、しなやかな動きには目をみはるものがあった。もはや円熟と評すべき域に達していると感じた。
 ああ、一度でいいから、この人に大きな羽をつけてもらいたかったと思う。今回の公演を最後に退団されるとは、返す返すも残念でならない。こんなときばかり引き合いに出されて気の毒な渚あきさんという人がいるが、彼女が香寿たつきさんの相手役として星組の娘1になったのは研14のときのことだった。しかも、月影瞳さん・星奈優里さんと76期生が続いたあと、2年上級である74期生の娘1が誕生したのだから、ずいぶん驚いたものだ。
 私は、香寿たつきさん・渚あきさんの東宝でのお披露目となる2001年の『花の業平:忍ぶの乱れ』・『サザンクロス・レビューII』をたまたま見たが、正直、若さの感じられないコンビだと思った。実際、香寿たつきさんも研16だったわけで、今となれば、ふたりともトップになれて本当によかったと思う。けれど、「若さの感じられない」というのは、そのときの私のことばの選び方にこそ問題があるのであって、「清く・正しく・美しく」のことばづかいをするならば、「大人の魅力たっぷりの」とでも評するべきだったのだ。
 ここへ来て研11の娘1などあり得ないと感じながらも、そんなことがあってもよいのではないかと思う。若い子たちが飛んだり跳ねたり、キャーキャー言ったりしているのが見たいならば、わざわざ宝塚を選ばなくてもよいと思うのだ。安定感のある舞台、おとなの鑑賞にたえうる公演を維持するためにも、男役・娘役を問わずトップの安易な低年齢化に歯止めのかかることを願う。
 概して、娘役のタカラジェンヌとしての「いのち」は短い。研8(90期)の美影凜さんが12月の東宝を最後に退団とのことを知った。この人をひそかに応援している理由を書き始めると面倒なのでやめておくが、もうそれほどの年月が経ったのだと思うと実に感慨深い。研8というのは長持ちした方なのだろうか。だとすれば、11年も活躍する姿を見続けられたというのは幸福なことだ。そして、あのときかおりさんが娘1になってしまっていたら、研11となった今の姿を見ることはできなかったし、その歌声も聴くことはできなかったのだ。そう思うことにしたい。