階段教室

 その学校の音楽室は「階段教室」になっていた。木製の机と椅子が据え付けてあり、風格のあるたたずまいを見せていた。昭和7年に竣工した校舎は実に堅牢で、戦災をものともせずに生き延びたけれど、バブルのはじけた頃に建て替えられてしまった。
 わたしの通った上野高校の物理教室も階段教室だった。円形校舎の1階にそれはあった。校舎が円形であることに合理性はない。つまりはデザインが優先しているのであって、これを表現主義の影響と呼ぶ人もいる。そんなことどもを知ったのは、すべてこの校舎がなくなってしまってからのことだ。
 理系のアタマなどまるでないわたしだったが、階段教室で勉強したいという、たったそれだけの理由で物理を選択した。あの日、廊下からのぞいて見たあの音楽室の思い出が、わたしにそんなことをさせたのかも知れない。
 10月2日。今日は、いつまでもわたしにとって特別な日である。