傍観者

 久しぶりに明石小学校のこと。昨日付の『毎日新聞』夕刊でこの件が扱われたことを知った。以下に書き置く。

復興小学校:東京の区立明石小の解体開始 課題残した文化財保存論議


 関東大震災後に建てられた「復興小学校」の一つ、東京都中央区立明石小学校の解体工事が8月末に始まった。日本建築学会が「重要文化財に相当する」として中止を要請したが、区は老朽化を理由に解体を決め、論議が起きている。経緯を振り返ると、近代建築の保存をめぐる課題が浮かんでくる。【小泉大士、永田晶子】
■ハイレベルな校舎
 復興小とは、1923年の関東大震災で倒壊・焼失したあと、旧東京市が再建した小学校を指す。大正末期から昭和初期にかけて計117校が建てられた。日本建築学会によると、19校が現存し、うち7校が中央区にある。
 当時は珍しかった鉄筋コンクリート造りで、廊下は広く、採光・通風のための窓も大きい。児童の安全と健康に配慮した共通の設計規格に基づいており、現在の小学校校舎の原形と言われる。水洗トイレや蒸気暖房、シャワー室など、最先端の設備も完備していた。
 一方、意匠は各設計者に任されたため、多様なデザインが出現した。26年に完成した明石小には当時、ドイツで流行していた表現主義が取り入れられた。アーチ形の玄関や半円柱など、曲面を多用した軽快なデザインが特徴だ。
 復興小に詳しい藤岡洋保・東京工業大教授(近代建築史)によると、ハイレベルな校舎が実現した背景には永田秀次郎・東京市長の強力な指導力があったという。「子供に良い教育環境を与えるという意思と、性能重視の姿勢が見て取れる。建築的価値だけでなく、公共施設に対する高い理想を伝える歴史的遺産としても貴重」と強調する。
■伝わらなかった計画
 こうした文化・歴史的価値は、解体前に十分検証されたのだろうか。経緯を見ると、中央区が詳細な調査や専門家への打診を行ったとは言い難い。その結果、住民や専門家の情報入手が遅れ、区の方針は「改築ありきでは」との印象を与えた。
 区は2009年3月に明石小の改築計画を明らかにしたが、区民には広く伝わらなかった。同小の卒業生らが新聞報道で計画を知り、「中央区立明石小学校の保存を望む会」を結成したのは同年冬。日本建築学会が保存要望書を区に提出したのは今年2月になってからだ。学会は同小についての緊急調査を行い、7月に「重文に匹敵する」との見解を発表。8月18日に他団体と合同で記者会見を開き、保存を訴えたが、区の姿勢は変わらなかった。
■近代建築の価値
 矢田美英区長は同26日の会見で「もっと早く要望があれば、再考できたかもしれない」と語った。既に仮校舎が完成しており、「学会の指摘は唐突だった」とも主張した。
 だが、中央区は区文化財保護審議会に対しても、明石小について詳細な説明を行っていなかった。建築史などの専門家がそろう保護審は区教委の諮問機関。「保護審に諮り、価値を精査すべきだ」(上浪寛・日本建築家協会関東甲信越支部長)などと、疑問の声が相次いだ。
 日本建築学会の佐藤滋会長は会見の際、「近代建築の価値が行政などに十分認識されていない。明石小に限らず、今後も重要な建物が次々と取り壊され、手遅れになる恐れがある」と指摘した。一例として挙げたのは、02年に取り壊された東京の「旧同潤会大塚女子アパートメント」(1930年完成)。元住民らが「アパートは文化財で、破壊による損失は10億円」として、所有者の都に同額の賠償を求めた訴訟で、東京地裁は「都が建築的価値の判断を誤った」と批判した(原告の請求は棄却)。佐藤会長は「学会も近代建築の価値をもっとアピールしていく必要がある」と話した。
■良質な教育環境
 近代建築の保存は往々にして耐震化が問題となる。中央区も明石小について「コンクリートが劣化し、安全面からも建て替えが必要」と説明してきた。一方、日本建築学会は「耐震性は十分。最新の補修技術を使えば使用可能」と主張しており、両者の見解は食い違う。
 「保存を望む会」は建築家による独自のリノベーション案を作成した。「建て替えに比べて工事期間が短く、工事費も割安になる可能性がある」と同会代表の中村敬子さん(35)。藤岡教授は「歴史的遺産の中で児童が学ぶ意義は大きい。建築の価値は自明でなく『発見』するもの。貴重と指摘された時点で区に立ち止まる勇気を持ってほしかった」と話す。
 双方の溝は埋まらないまま、解体工事は進行している。今月上旬、校舎の象徴だった正面玄関の柱が切断された。
 中央区は明石小のほかに、復興小2校の建て替え方針も示している。子どもにとって良質な教育環境とは、文化財保存の意義とは何か−−。本質に立ち戻り、行政と住民、専門家が論議を深める必要がありそうだ。
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□明石小改築をめぐる主な動き
 89年11月 明石小PTAなどが校舎の早期改築を求める請願を提出
 08年 2月 区が復興小3校の改築を基本計画に盛り込む
   12月 区が明石小など3校を改築対象に選定
 09年 3月 区が3校の改築を盛り込んだ調査報告書をまとめる
 10年 1月 「保存を望む会」が区に署名と要望書を提出
    2月 日本建築学会が中央区内の復興小保存を要望
    7月 日本建築学会が「重文相当」の見解を発表
    8月 校舎の解体工事が始まる

 やはり、最後はこう結ぶのか。立派な立派な新聞記事を読むにつけ、傍観者を装うマスメディアの恐ろしさを思う。