邦夫・晃之助

 午後、国技館へ。生まれて初めての大相撲に誘われた。誘われたと言っても二階の上の方の椅子席だが。
 館内に入ると、いきなり大きな人が目の前に。大きな人がいるのは当たり前だが、それがジャンパー姿の北の湖元理事長だったら話は別だ。学会や研究会に行くと、ものすごく著名な先生が腕まくりをして机を運んでいらっしゃるのに遭遇し、ちょっとびっくりすることがあるが、それによく似た気分になった。
 背中に「なとり」、右袖に「チーズ鱈」と大きく染めてある着物姿のお兄さんと一緒にエスカレーターを上がると、気分は嫌が上にも高まってくる。枡席の客のように贅沢はできないが、焼き鳥にビールが揃えば、仕掛けは完璧に整った。
 正直なことを言えば、大相撲を好んで見る方ではなかった。だが、実際に足を運んで見てみて、その興業としての巧みさに大いに惹かれるものを感じた。
 そして、次に感じたのは音と声のおもしろさだった。身体と身体のぶつかり合う音、力士の土俵下に叩きつけられる音。遠くで聞いていても実に迫力がある。さらには、晴れがましい土俵入りの拍子木、打ち出されるはね太鼓。この格好のよさと言ったら何だろう。
 格好がよいと言えば、呼出しの邦夫は素晴らしかった。その所作もさることながら、美しい節によく通る声。その声はいくらかメタリックで、モンゴルのホーミーにも似た響きだ。余韻が余韻として残るところも実に聞きごたえがあった。
 行司では木村晃之助だろうか。桃色の装束が若々しく、その立ち姿をさらに美しく見せる。声量もたっぷりで、発声にも下品なところがなかった。
 いやいや、お相撲だって見てはいたのだ。けれど、勝った/負けた、強い/弱いなどとは別の「美しさ」のようなものを楽しむことができて満足だったという次第。いつか、枡席で接待してもらえるような偉い人か悪い人になりたいものよのう。