平文先生、田中舘先生

 大地と美術ということばが含まれたある団体の名前がローマ字で表記されていた。よく見ると、大地の方は「daichi」となっているのだが、美術の方は「bijyutu」となっている。ときどきわけのわからないローマ字表記を目にするが、「bijyutu」というのはなかなかにすごい。
 まず、ヘボン式であれ日本式であれ訓令式であれ、「じゃ・じゅ・じょ」を「jya・jyu・jyo」と表すようなきまりごとは一切存在しない。ヘボン式ならば「ja・ju・jo」となり、日本式であれば「zya・zyu・zyo」となる。訓令式は「zya・zyu・zyo」を原則としながら「国際的関係その他従来の慣例をにわかに改めがたい事情にある場合に限り」という条件を付けて「ja・ju・jo」の「つづり方によつても差しつかえない」としている。
 次に、「つ」を「tu」とするのは日本式および訓令式のきまりであって、ヘボン式ならば「tsu」とならなければならない。全体を日本式または訓令式で表記したかったのかと思って見直すと、大地の「ち」は「chi」となっていることに気付く。「chi」を用いるのはヘボン式であり、日本式・訓令式のきまりでは「ti」としなければならないのである。
 要するにゴチャゴチャ、もしくはデタラメなのだ。ずいぶん前、吉祥寺の学校が作った紙の手提げ袋に「Kichijyoji」と印刷されているのを見てがっかりしたことがあったのだが、この「じょ」を「jyo」と表してしまう誤りというのは相当に深い根を張っているように感じる。
 阪神にいた頃の新庄はユニフォームに「SHINJYO」という文字を背負っていたのだが、彼がアメリカに渡ると背中の文字はきちんと「SHINJO」になった。なんとも恥ずかしい話だ*1。ローマ字の表なんて探せば見つかるはずなのだから、みんなきちんと調べて使えばよいのにと思う。
 野球に関連して言えば、岩手で「県北の雄」と称される岩手県立福岡高等学校*2の野球部は、ユニフォームに「H」の文字を使っている。まだ高校野球を見ていた幼い頃、テレビのアナウンサーが紹介しているのを聞いて以来、ずっと記憶に残っている。二戸の福岡は、物理学者の田中舘愛橘を生んだ土地。田中舘がローマ字論者で日本式ローマ字の考案者であったということはどれほど知られているのだろう。福岡高校は郷土の誇りである田中舘に敬意を表し、野球部に限らず学校全体でこの表記を用いているそうだ。
 ローマ字表記はひとつの体系なのだから、どの方式を採用するのであれ、きちんとしたきまりごとに基づいて用いたいものだ。

*1:私は、これを球団史上第二の汚点だと思っている。ちなみに、第一の汚点というのはたとえ一日だけであっても江川を入団させてしまったこと。「阪神には背番号のない選手がいましたが、それは誰でしょう」というクイズの答えは江川卓。

*2:戸田信子さんの母校だ。戸田さんが「朝のホットライン」という番組の中で、母校を「県北の雄」と言っていたことを思い出す。