『日本語文法の輪郭』その後

 昨日ここに記した『日本語文法の輪郭:ローマ字による新体系打立ての試み』が Amazon から届く。
 1948年に三省堂から出されたものを底本として、現在の技術を用いて可能な限り忠実に組み直してあって読みやすい。鈴木重幸と仁田義雄という二人の日本語学者が解題を寄せているが、その二人によって底本にあった誤植にも手が入れられているという。また、漢字は新字体に改められているが、送りがなには手を加えていない。現在の出版物として最善を尽くしたものとして好感が持てるし、高く評価できると思う。
 昨日、Amazon の紹介文のうち「ローマ字でわかちがきによって日本語を書く」という部分がわからないと書いたが、「わからない」としか書けなかったのは、私自身がこの本をしっかり読めていなかったからなのだと気付いてハッとした。ローマ字で書くなら分かち書き*1になるのは当たり前のことである。それをことさらに書くというのはどういう訳なのかがわからなかったのだが、宮田にとって大切なことは《分かち書きにすること》ではなく、自身の主張のために《分かち書きを利用する》ということだったのだと気付いた。宮田自身のことばを「まえがき」から引用する。

この本は(中略)ローマ字の書き方を説明したものではなく、日本語の文法に関するわたくしの考えをローマ字を利用して述べたものです。

わたくしの考えている文法体系は、ローマ字によらないでも、説明することができますが、ローマ字によるほうがずっと楽に説明することができるので(後略)。

 ただ、分かち書きにすればよいというわけではない。その方法こそが大切なのである。そこには、例えば宮田の「語」というものに対する考えが反映されている。したがって、やっぱり Amazon の紹介文では、結局、何を言っているのかがわからないということになるのだろう。いずれにせよ、宮田の考えた日本語文法の体系については、この本を実際に読んでいただくほかない。
 なお、昨日は「日本語表記」ということばについてもよくわからないと書いたが、こちらについても少し補足する必要があるように思う。このことばは《日本語を漢字と仮名で表記すること》を指しているのだと思われるが、《日本語をローマ字で表記すること》で文法体系を説明しようとする本の紹介文でそのようなことばづかいをしてしまったら、それこそわけがわからなくなってしまう。ここは、宮田がこの本の中で用いている「漢字まじり仮名書き文」のような表現を用いる方が、ずっと正確さを増すだろう。
 もう一点。この本は戦中に版まで組まれていたのに、それを空襲で焼いてしまったのだということについて「どこに書かれたものかを思い出せないのだが、宮田自身がことばにしていたものを読んだ記憶がある」と書いたが、これは、ほかならぬ本書の「まえがき」であった。この本の初版は、大先輩が「あなたが持っていた方がよいでしょう」と言ってくださったので書棚にあるのだが、要するに、私はこの本における学術的な主張の部分をきちんと受け止めぬまま宮田の苦労話ばかりを記憶にとどめていたのだ。なんということかと情けなくもなるが、私が宮田について知りたかったこととは何だったのかがよく理解できたりもするのである。

*1:宮田の表記によれば「分ち書き」である。