『日本語文法の輪郭』

 今日も本のことを。
 会の大先輩よりメールをいただき、宮田幸一の『日本語文法の輪郭:ローマ字による新体系打立ての試み』がついに復刊されたことを知る。著作権の問題をクリアするため宮田先生のご遺族に連絡を取りたいのだが所在を知らないかとくろしお出版の担当の方からメールをいただいたのが昨年の4月のこと*1。結局はお役に立つことができず、申し訳ない思いとともに企画の進行を案じていたのだが、無事に復刊との知らせに安堵した。
 くろしお出版とのサイトとAmazonを訪ねてみたところ、2つの微妙に異なる紹介文が見つかった。

くろしお出版
 第二次大戦中から企画編集され、大戦直後に刊行された日本語文法の名著、復刊。日本語をローマ字で書いて観察すると、平仮名や片仮名では見えない日本語の特徴が浮き彫りに。鈴木重幸、仁田義雄両氏の解題も必読。

Amazon
 戦後直後の昭和23年に、言語学者である宮田幸一によって書かれた日本語文法の解説書を復刊。ローマ字でわかちがきによって日本語を書くと、日本語表記では見えない特徴が浮き彫りに。鈴木重幸、仁田義雄両氏が解題。

 こうして読みくらべてみると、実際に仕事にあたった人々のことばは正確だし、確かな重みがあると思う。
 宮田が岡倉由三郎・石黒修・深瀬嘉三と「言語問題談話会」を結成したのは1935年4月のことだった。この会は翌月から『言語問題』という雑誌を出版し、1937年6月までその刊行を続けるが、当時30歳代だった宮田は、この頃に日本語文法に対する態度を確立しており、同誌の第5号には「ローマ字綴り方折衷案」という論考も寄せている。『日本語文法の輪郭:ローマ字による新体系打立ての試み』という本は、もともと1948(昭和23)年に三省堂から刊行されたものだが、戦中にはすでに書き終えて版を組むところまで進んでいたものの空襲で焼いてしまったのだという。どこに書かれたものかを思い出せないのだが、宮田自身がことばにしていたものを読んだ記憶がある。その後、版を組み直して出版に漕ぎ着けたときの宮田は44歳。すでに旧制東京高等学校の教授になっていたが、もともと尋常科の生徒を教えること多かったうえに、戦後になって再開を果たしたばかりの同科でも担任に着くなど、言語学者への憧憬を胸に抱きながらも教育の現場に立ち続ける「英語の先生」だった。旧制高等学校の解体に関する議論が喧しい中で、自分の処遇のことも大いに気になるところだっただろう。
 以上のようなことを踏まえると、Amazonの紹介文にある「戦後直後の昭和23年に、言語学者である宮田幸一によって書かれた」という部分はずいぶん不正確と思えてならない。それに続く「ローマ字でわかちがきによって日本語を書く」という部分と「日本語表記」ということばについては、残念ながら私には何を言っているのかよくわからない。
 それはさておき、宮田の戦前の議論に対して、現代の日本語学の視点から新たな光があてられたことは実に喜ばしい。大先輩のことばを無断で借りる。

…現在の日本語学において、例えば、動詞の変化をローマ字に置き換えて屈折を読み取るなどということは普通に行われておりますが、そのような解釈をする上で先駆者と位置づけられる本なのだということをしみじみと感じました。

 一人でも多くの方に、この本を手にとっていただきたいと思う。
 

*1:http://d.hatena.ne.jp/riverson/20080423