カラス軍団

 父の方針だったか、母のそれだったか、幼い頃の我が家には選挙に関する極めて真っ当なルールがあった。
 まず、両親は誰に投票したかをいっさい教えてくれなかった。政治に興味を持つようになれば、だいたいどの辺りに投票したのかはわかってしまったが、それでも家庭の中で「投票の秘密」はきちんと担保されていた。だから、選挙権を得てからも、誰それに投票しろなどと家族に言われるようなことは一度もなかった。このことは、私にとってはごくごくあたり前のことだったから、ある人と暮らしていた頃、その母堂から「○○さんに入れてくれたのよね」とシラっとした顔で言われたときにはひどくショックを受けたし、怒りに似たものすら覚えたのだった。
 もうひとつ、散歩がてら投票所となっている学校へ一緒に行くようなことはあっても、子どもが投票所の中にまで入ることは絶対に許されなかった。だから私は校庭の片隅でできない鉄棒にぶら下がったり、図書室の前の廊下で写真ニュースなどを読んだりしながら、両親の出てくるのを待っていたのだった。このことは、結果として、選挙や投票というものに対する私の興味をおおいに喚起したのである。体験させることによって興味を持たせるという手法もないではないだろうが、国民の権利を行使する厳粛な場におとなしくできない子どもを連れてくるというのはいかがなものだろうと私は思っている。投票用紙を子どもに持たせて「はい、ここに入れてごらん。じょうず、じょうず」などと言う○○な親には、私は絶対にならない。
 都議会議員選挙の投票日。地元のケーブルテレビで開票所の模様を見続ける。足立区には53万の有権者がおり、今回の投票率は55%ちょっと。それだけの票をさばくにもかかわらす、とにかく開票が早い。その合理的な方式は全国からも注目されているらしい。濃紺のポロシャツを着た「カラス軍団」が動き回るさまには、私も少しく目を奪われた。あまり好きな名前ではないが。