美しい文字

 昼、M先生を大学に訪ねる。学会の古い書類や事務用品が「発掘」されたとの話をうかがい、引き取りに出向いたのである。
 私たちの学会が「研究会」として発足する際、多くの研究者に発起人となることを求め、その諾否を回答してもらったハガキの束をはじめとして、何通もの手紙を預かってきた。懐かしい先生方やお目にかかることのかなわぬうちにお浄土へ還られた先生方。筆跡の数々にお人柄が偲ばれる。
 書籍も数点引き受けてきたが、そのうちのひとつは『FORノ歴史的発達ニ就キテ』。市河三喜先生が1903年に当時の文科大学(現在の東京大学文学部)に提出した卒業論文のフォトコピーを製本したものである。これは、語学教育研究所が市河賞の副賞として贈呈しているものとして有名だが、語研か、先生のご長女で先日還浄された野上三枝子先生が、私たちの会に寄贈してくださったもののようだ。
 語研の会員歴も25年になろうとする私だが、初めて手にして見せていただくことがかなった。どうひっくり返っても、僕が市河賞をいただくということはあり得ないわけだから、このような形でしか拝見する機会はなかったかも知れない。
 もちろん全文が英語で、すべて手書きなのだが、この文字の美しさはいったい何だろう。噂には聞いていたが、実際に目のあたりにして感動に震えるほどだ。宮田先生の手書きの博士論文を見たときにも感じたことだが、文字が美しいだけではなくレイアウトも実に見事なのである。プリントは読めればよいなどと言ってでたらめなものを印刷して配っている人たちは、あまねく反省せねばなるまい。


 今日の一枚は、この論文 A MONOGRAPH ON THE HISTORICAL DEVELOPMENT OF THE FUNCTIONS 0F "FOR" の扉をパチリ。活字を組んだもののように見えるが、これも手書きである。